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「自然体の研究」が合併しました。

自然体の研究< 第 1 章 >

1-1 動物としての人間
自然体と言っても漠然としていて分かりずらいですが、ここではスポーツにおける身体的な自然体について考えていきます。心理的なことについては、あえて触れません。

 初回はおおまかなこと。
 本来、動物と書くものたちは動けないことは死を意味します。ありがたいことに現代は医療の進歩のお陰で、動けなくなってしまってもなんとか生きていくことはできますが、元々身体は動くように作られているのです。それもビックリするくらい機能的に作られています。
 例えば、ネコが高い塀の上に向かってジャンプするとき、身体全体をばねにして驚くべき跳躍力を発揮します。イルカが海を泳ぐとき、尾ひれをモーターボートのように激しく動かしているわけではないのに、それに負けないスピードで泳ぎます。
 それらの機能は、他の色々な機能を犠牲にして得ていると言えますが、人間は大脳をはじめとして色々な機能を充実させたために、どの機能も中途半端です。それでも、人間の本来持っている運動能力も捨てたもんじゃありません。
 そう。人間の本来持っている運動能力をそのまま発揮すること。それこそここで言いたい自然体です。

1-2 人間が本来持っている身体的能力

 2本足で立っているので、手と足が別々のことができます。
 手でボールをバウンドさせながら走るとか、手で引っ張りながら足で相手の足を払うなどです。
 しかし、手は手だけのこと、足は足だけのことをやっているわけではなく、「ドリブル」とか「出足払い」という一連の動作としての技術になっているのです。
 実際には手足だけではなく、身体のあらゆる場所が総動員されて動いています。
 そういった一連の動作は、大脳、小脳、延髄、脊髄などの中枢神経によって統御されています。
 それは原始的、動物的な機能ですが、訓練によってより複雑な動作も、より巧妙にできるようになります。
 まったく他のことを考えながらただ歩いているだけでも、出す足とは反対の手を前に振りますし、フラフラせずにまっすぐ進むことができます。それを訓練すると、幅10cmの平均台の上で走ったり跳んだりできるようになります。
 これらの発達というのは筋肉の量の変化によるところは少なく、ほとんどは神経の発達によります。知覚神経、運動神経とそれらの情報を統御する中枢神経の発達が欠かせないのです。
 そして、人間は他の動物に比べて大脳が発達していますので、運動を行うための神経を発達させる能力に優れていると言えるでしょう。
 その分、かなり無能で生まれてきますけど、それは逆に発達力によって環境に適応できる能力とも言えるかもしれません。

 人間はかなり複雑なことでもうまくやってのける機能を後天的に修得できます。誰でもそういう潜在的な能力を持っているのです。

1-3 トレーニングの効果

 トレーニングとは環境適応能力を引き出すためのものです。

 例えば、箸より重いものを持ったことがないというお嬢さんに、少しずつ重い物を持たせるようにしていきます。すると、あら不思議。けっこう重い物だって持てるようになるじゃありませんか。
 お嬢さんの身体は箸を持つには足りていましたが、それより重いものを持つようにはなっていなかった。そこへ『重いものを持つ』という違う環境を与えると、お嬢さんの身体はその環境に適応しようと反応を起こす。そうして筋肉や関節組織などが強くなったということです。

 高度にトレーニングされた選手は、その競技を行うための環境に身体が適応しきっています。
 野球のピッチャーを例にあげてみますと・・・
 カーブを投げるピッチャーは、初めは色んな握り方や腕の振り方など、大脳で考えて練習します。
 次第に自分に一番合っていると思われる投げ方を見つけ出し、少しずつ修正を加えながら何度も何度も投げてみます。
 しばらくすると、いつも同じ曲がり方でコントロール良く投げられるようになります。この時、カーブを投げるという動作のほとんどを脊髄での反射で行えるようになっています。
 筋肉や関節のみならず、非常に細かい神経の働きに至るまで、カーブを投げなくちゃいけない環境に適応した ということです。

 毎日長い距離を走っていれば走れる人になる。毎日ストレッチしていれば身体の柔らかい人になる。いずれも、身体に課した苛酷な環境に身体が適応したということ、すなわち、トレーニングの効果が現れたということです。
 逆に、いつまでも同じトレーニングをしていても、すでに適応してしまっている身体には変化はおきなくなりますし、トレーニングをしなくなれば必要のない筋肉などは減少していきます。

1-4 運動に適応した身体とは?

 人間が生まれて、寝返りをし、ハイハイをし、つかまり立ちからやがて歩くようになる。これは赤ちゃんが歩くための身体の色々な働きを修得していく過程です。歩けたということは、歩くことに赤ちゃんの身体が適応したと言い換えることが出来ます。
 歩けるようになった赤ちゃんは『右足を出しながら左手を出して、次は左手を・・・』とか、『おっと体重が前にかかっているから転ばないように足を出さなきゃ』とか、大脳で考えているわけではありません。
 一度動き出したら、ほとんどの動作は脊髄や延髄、小脳など、意識とは関係のないところで統御されています。前述のようにいちいち大脳で考えて動いていたんでは動きがぎこちなくなるでしょうし、とっくに転んでいることでしょう。
 中枢神経は繰り返し行った動作を次第に覚えていきます。『右足を出すとき右手を前に出すと転びやすい』なんていう失敗も記憶されていきます。
 繰り返し動作を行うことによって、その動作のための筋肉も発達していきます。
 そうして目的とする動作が効率よくできる神経の反射のシステムと筋力が出来上がります。
 そのように身体が覚えてしまった状態を「適応した」と言い、そういう動作を「朝飯前だぁ」と言います

 ただ、スポーツとなると朝飯前の動作をたくさん複合して行わなければなりません。また、ボールの動きに合わせたり、抵抗する相手を投げ飛ばしたりと、自分勝手に動けない面もあります。
 スポーツを行うには神経の反射のシステムをより高度に作り上げていかなければならず、同時にそれに対応しうる筋肉も作る必要があるのです。

1-5 スポーツに適応するには?

 スポーツでは、あらゆる場面で複雑な動作や臨機応変な対応が求められます。
 特に練習の量によって選手の能力に差が出てくるのが、臨機応変に状況にあわせて身体が動くかどうかということです。
 変化する状況は、内的要因と外的要因とに分けられます。
 内的要因は、疲労度合いとか、やる気とか、自分の中にあるいわゆる「調子」のことです。
 いろいろな「調子」を練習の中で実際に体験していればこそ、その時の「調子」に合わせてベストのパフォーマンスを引き出す術を知ることができます。毎日毎日、調子が良かろうと悪かろうと練習をしてこそ身につくものです。
 外的要因はさらに2つに別れます。
 グラウンドのコンディションや用具の工夫など、自分できちんとやれば良い状況を保てるような半外的なものと、天気や相手の強さなどのように、いくら自分が何かしても変わらないような完全外的なものです。
 いずれにしても、どんなに悪い状況下でも自分のベストのパフォーマンスを引き出したいと思えば、あらゆることを想定して練習をしておくべきなのです。例えば、ゴルフ練習場でベストショットを連発していても、ゴルフ場のちょっとした傾斜によってガタガタになってしまうようでは、良い練習をしたとは言えないのです。

 当たり前のことですが、そのスポーツに適応した身体を作ろうと思ったら、そのスポーツを行う以外ありません。さらに優秀な選手になろうと思うなら、毎日のようにたくさん練習し、あらゆる内的、外的条件を体験しなければならないということです。
 そうして人間の身体のシステムは、大脳の力を借りなくても、あらゆる状況に応じて一瞬で対応できるようになるのです。

1-6 スポーツでの「強さ」の意味

 競技会などで常に上位になるような人を、俗に「強い」と言います。「速い」とか「うまい」と言う方がいいような場合もありますが、だいたい強いと表現します。
 人が見て、その選手の中に「強さ」を感じるから「強い」と言うんですね。ですから、たまたまその時だけまぐれで上位になったような場合にはあまり「強い」とは言いません。
 その「強さ」には色々な要素があります。
 すぐに負けてしまいそうなピンチからでも逆転できるような精神的な強さ。かなり疲れていても2段目のロケットに点火できちゃうような肉体的な強さ。プレッシャーを受け体力的にも限界に近い状態でも正確なプレーができるような技術的な強さ。などなど・・・
 色々な要素がありますが、いずれにしても1-5で述べたように日常あるいは非日常のあらゆる条件の下でたくさん練習して身につくものです。
 そうしてあらゆる条件下で身につけた「強さ」は、選手の能力のしっかりした土台になります。

 あらゆる条件下で大脳を使わずに反射的にできることのレベルが色々な面で高い「強い」身体を土台にするので、大脳で考えて行わなければならない戦術レベルのことも、よりハイレベルになります。だから強い選手は競技で良い成績を安定して残すことができるのです。
 そして、この「強さ」をそのまま発揮させるには、大脳が身体に対して余計な介在をしないほうが良いのです。

1-7 強さを発揮するには

 せっかく練習で身につけた強さも、試合で発揮できなければ宝の持ち腐れです。
 ただ、逆に練習のとおり実力を発揮できる人が少ないのは事実です。
 これには1-6で書いたとおり、大脳による、いわゆるメンタル面の影響が大きいと思われます。
 1-1で「心理的な面には触れない」と書きましたが、心理的なことがどのように身体に影響するかを知る必要はあります。

 やる気満々でイケイケのとき、人は交感神経が興奮しアドレナリンが大量に分泌されるので体が震え寒気を感じます。瞳孔が開いたり目が潤んだり動悸が早くなったりします。自然と肩に力が入ります。感覚受容器と運動神経が即応状態になります。 例えるなら、アメリカの選手が「すごくエキサイトしてるよ」という状態です。
 これが守りに入ると、体が震え動悸は高まるかも知れませんがアドレナリンのせいじゃないかもしれません。大脳で選択して行う運動が多くなり反応が遅れます。

 優勝した選手に試合中何を考えていたかと話を聞くと、「表彰台に乗っている自分をイメージしてた」などというのを聞くことがあります。
 これは、プレーと大脳を切り離している良い例だと思います。プレーは感覚受容器と運動神経の反射に任せて、大脳はもっと戦略的なことを考えていたり、勝った時のコメントなど違うことを考えているのです。
 すべてがこれでうまく行くわけではありませんが、その割合が多いほど練習の成果をそのまま発揮できる状態だとは言えるでしょう。
 これは、練習で身につけてきた技術やフォームを、自然に臨機応変に行うことができるということなんですが、練習で違和感を感じていたりうまくいっていないこともそのまま出てしまうことになりますので、練習で良い状態に仕上げておくことが非常に重要だということです。

1-8 身体のGood condition=良い状態

 身体の良い状態と言っても、一般的な健康についての“体調がいい”ということではなく、スポーツを行うのに適した状態が理想です。
 元気で快食快便、痛いところもないからといって、ボケーッとしてたら満足な競技はできません。
 実際、身体に痛いところがあっても、集中していて、筋肉の反射が鋭くて、身体が軽いっていうほうが良い成績を残せているようです。
 しかし、これは日々の練習よりも、試合までにどのような過ごし方をするかという調整が最も重要な要素です。
 練習では、試合前の調整の予行練習をして、調整の仕方を考えることはできますが、それには内的、外的要因も影響が大きいので、経験を積むしかないようです。
 では、練習で身体を良い状態にしておくとは?
 前回までに、スポーツでは変化するあらゆる場面に対応して身体を動かす。そしてその大部分を反射によって行えるようにしなければならないと書きました。
 その反射によって起こる動きを、適切に、同じように起こさせるようにすること。 例えば、テニスのストロークで、深い位置にバックスピンで来たボールを相手の足元に打ち返すという技術があるとします。それがたまにできる程度じゃ試合では使えません。かなり高い確率でそれができるからこそ、それを戦術的に使えるわけです。
 そうやって、試合で使おうとする技術が成功する確率を高めること。それが練習で作ることのできるGood condition=身体の良い状態です。
 何を考えなくても自然に反応する動きのレベルが高いということです。
 どんなスポーツを見ても、そういう人の動きは無駄がなくかっこいいことが多いです。いわゆる「玄人好み」になります。

1-9 かっこいいって大事なこと

 スポーツをする時に、ドタバタしていて視線が宙を浮いているような状態では、決して良い成績は残せませんし、見た目がかっこよくありません。
 たくさんの練習によって洗練されたフォームというのは、誰が見てもかっこいいものです。これはスポーツに限ったことではないでしょう。
 訓練された消防士や、熟練の料理人、大工など、その仕事振りは見ていて惚れ惚れします。
 また、サラブレッドの走る姿や、イルカが猛スピードで泳いでジャンプするのを見てかっこいいと思うのと、まったく同じと思います。

 そういうよく練習を積んだ選手の動きを見たとき、玄人は「うまい!」とか「やるなぁ」と唸ります。これは1-6で出てきた「強い」に通じるところがあります。
 「洗練された」ということは、無駄な力や動作を洗い去り、その身体の技術として練り上げられたということです。
 人それぞれ体型が違うのですから、フォームも当然違ってきますが、洗練されるほどその人独特のかっこよさが出てくるのです。最初はうまい選手の真似でも、練習しているうちにその人に合ったものに変わっていきます。
 さて、日本人は真似が上手と言われています。(言われているというより自分たちで言っている) これは、工業技術などについて言われることが多いのですが、スポーツとなるとそうは行きません。
 逆に他の国の猿真似をしてダメだった例も良く見かけます。
 ただ外国人のコーチを連れてきて外国と同じことをさせるのではなくて、それをたくさんの練習によって洗練してこそ「うまく」「強く」「かっこよく」なれるのです。
 そこには、他から取り入れたものを鵜呑みにするのではなく、検証を重ねながら変えていく心積もりがなければいけません。外国から来たコーチに気兼ねしているような状態では、何の成果もない場合もあるでしょう。

1-10 自然体 = かっこいい

 ここまで少し脱線しながら話を進めてきましたが、1-1から9までをはしょって書いてみると「自然体はかっこいい」ということになります。
 かっこいいという定義も基準も曖昧なので、その点は賛否両論でしょうけれども、まとめてみると以下のとおりです。

◎ 身体の運動の大部分は、システム化された全身の神経の反射によって行われている。

◎ スポーツ選手は練習によってその反射システムが高度化している。

◎ 高度化し、洗練された反射システムによる動きは無駄がなく、絶妙である。

◎ 反射システムによってできることの数が多く、精度が高いほど、選手としてのレベルが高いといえる。

◎ いかなる場面においてもベストのパフォーマンスをするためには、臨機応変な反射システムの使い分けが不可欠。それは経験によってある程度身につく。

◎ 高度な練習を積んだ選手の、大脳と切り離された『自然体』の状態での運動は、野生動物が本能で動くときのように強く、かっこいい。

 スポーツ選手にとっては試合が自然体で臨む場面ですが、一般の人も日頃から自然体を心がけることによって、無駄な疲れやストレスを排除する事ができるでしょう。